福井県坂井市 丸岡城(まるおかじょう)現存天守
福井県坂井市丸岡町霞町1-59 :現存してい天守閣としてはして重要文化財の指定をうけています。
丸岡城 パンフレットから引用***ここから
今から430年余前の天正3年(1575)、織田信長がは北陸地方の一向一揆を平定するために大群を派遣し、当時丸岡の東北4kmの山中にあった豊原寺(とよはらじ)をこうりゃくし寺坊(じぼう)をことごとく焼き払った。
信長はこの恩賞として柴田勝家に越前之国を与え、守護職とし、北の庄(今の福井市)に築城を命じた。
勝家は甥の勝豊(かつとよ)を豊原に派遣し豊原城をかまえたが、翌天正4年(1576)年豊原から丸岡に移り城を築いた。
これが現在の丸岡城である。勝豊以後、安い家清(いえきよ)、青山修理亮(しゅうりのすけ)、青山忠元(ただもと)、今村盛次(もりつぐ)、本多成重(なりしげ)以下四代、有馬清純(きよすみ)以下八代の居城を経て明治維新となった。
***中略***
丸岡城は現存する天守閣の中で最も古い建築で、外観は上層望楼(ぼうろう)を形成して通し柱がなく、一層は二層三階を支える支台をなし、屋根は二重で内部は三階となっている。屋根が全部石瓦(いしがわら)で葺(ふ)かれているが全国的にもまれな特徴である。
以降略
***ここまで
昔の人ははかまをはいていたハズなのにどうしてこんなに階段が急なのか??? いつも不思議だ。
■石で出来た瓦
屋根の重量が重たくなると思うし、石でどうやって瓦を作ったのか 不思議な瓦です。 石を削るのだろうか???
■展望が素晴らしい
下からみると結構ちいさいと思う天守閣なのに上にのぼると 以外に遠くまで眺めることができる天守閣。
■石垣
さすがに古いお城だけに石垣の石の加工レベルが少なく迫力があります。
クルマで行くならカーキャリアを積載していくのがいいですね♪♪ THULE・TERZO・inno
その他 丸岡城について
「一筆啓上」(いっぴつけいじょう)
「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」(いっぴつけいじょうおせんなかすなうまこやせ)
と書き送った所管が有名な 本多作左衛門重次(ほんださくざえもんしげつぐ)の石碑があります。また、それにちなんで
財団法人丸岡町文化振興事業団にて 一筆啓上賞をもうけて 日本一短い手紙を募集したりしています。応募作品の展示などもありました。読んていると結構これがおもしろい。
桜の名所でもあるようで 坂井市の観光パンフレットには毎年4月の 「丸岡城桜まつり」のライトアップが美しいとあります。 春にいってみたい♪♪