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奈良県大和郡山市にある大和郡山城

大和郡山城

奈良県大和郡山市城内町

 近鉄 大和郡山駅から歩いていったお城です。天気の良い夏の日にだったのでとてもお城の敷地の中の緑豊かで空気がキレイな感じがしまいした。

大手門:復元

大和郡山城

大和郡山城 大和郡山城

近鉄郡山駅

で降りて街中やお城へ、※駅の東側に少しだけ設置されているコインロッカーにいらない荷物をおいて出発

大和郡山城

線路がお城の堀のすぐそばを走っています 東隅櫓が見えます

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大規模な堀が残る大和郡山城

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城跡内の道路はよく整備されていて美しい

大和郡山城大和郡山城

城跡内には県立郡山高校があります

大和郡山城

柳澤神社

柳澤神社へ入っていくと 天守台があります

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石垣に使われている羅城門の礎石の一部

大和郡山城

石垣に使われているお地蔵様 逆さ地蔵としてまつられています

大和郡山城

石垣に使われている五輪塔の一部

大和郡山城

i現地 旧奈良図書館内展示カンバンより引用 ここから

石垣が語る築城の歴史

郡山城の石垣には、転用材が数多く使用されています。石仏、礎石、石塔、石臼などその数は表面で現在確認できているだけでも約750基もあります。石垣の表面で確認されているのがこの数であり、裏込め石など目に見えない部分には、この何倍から何十倍もの転用石材が使われていることは確実であります。天守代の石垣の一部を調査したところ、その大半は奈良市東部から東南部にかけての山麓や谷川の石材が使われていることが判明し、「多聞院日記」の記事を裏付けています。

ここまで

柳澤神社と柳澤文庫のあいだにある小さな門

大和郡山城

柳澤文庫

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大手向櫓と多聞櫓

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東隅櫓

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城の地図※現地カンバンより

大和郡山城

現地カンバンより引用ここから***

大和郡山城ならびに大手門(梅林門)の由来

筒井順慶が織田信長の後援によって、松永禅正久秀を破り宿願の大和統一の偉業を成し遂げて 天正8年(1580)11月12日郡山にはいり築城に着手している。しかし、本格的な郡山城は、天正13年(1585)9月に大和・和泉・紀伊三ヶ国の太守として豊臣秀長が知行高百万石をもって入場してからのことである。そのとき、大手門もこの場所に築かれたと思われる。秀長なきあと養子秀保、増田長盛と受け継がれたが、慶長5年(1600)関が原の戦がおき、長盛は豊臣傘下として西軍に見方し大阪を守った。戦は西軍の敗北となり、郡山城は徳川方に接収されて城は取り壊しとなり、建物はすべて(京都)伏見城に移された。廃城となった郡山の地は 代官、大久保石見守長安、山口駿河守直友、筒井主殿頭定慶らが相次いで城番となり預かっていた。

 慶長19年(1614)大阪冬の陣がおこり、藤堂高虎は10月25日郡山に着陣し、戦闘配置についたものの、東西の和議が整い事なきを得た。翌、元和元年(1615)4月の大阪夏の陣の際、時の城番 筒井主殿頭定慶は大阪方の誘いを断り、徳川方に見方したので大阪方の攻撃にあい 福住に逃れた。5月8日大阪落城を知った定慶は士道に恥じて切腹して果てたといわれている。

 戦後の論功において戦功第二となった水野日向守勝成が、六万石をもって郡山に封ぜられたけれど、城郭は全く荒れ果てていたので、石垣や堀の修築は幕府直轄事業とし、本丸御殿、家中屋敷などの家作は勝成の手で普請を進めた。しかし、在城わずか五年で備後福山城に移され、かわって戦功第一の論功を受けた松平下総守忠明が元和4年(1618)10月 十二万石をもって郡山城主となった。そのとき城には十分な建物とてなく、家康の命によって諸門を伏見城から再び郡山に移したので、近世郡山城の威容はととのった。大手門もそのひとつで、当時はこの門を一庵 丸門と呼んでいた。その後 本多内記政勝、政長、政利、松平日向守信之、本多下野守忠平、能登守忠常、信濃守中直、唐之助忠村、喜十郎忠烈と続き、忠烈 嗣なく本多家断絶となった。

享保9年(1724)3月11日、大任を帯びて、十五万石余をもって甲府城から郡山に移封になった柳澤甲斐守吉里は一庵丸門を梅林門と名を変えた、城は美濃守信鴻、甲斐守保光、保泰、保興、保申と受け継がれ明治維新を迎えて廃城となり、すべての建物は取り壊されてしまった。

近時郡山城復興の声が高まり、第一次として市民の手による大手門が秀長築城にふさわしい姿で復元された。 昭和58年11月2日

***ここまで

現地城跡会館の中でもらったパンフレットより引用

The Site of Koriyama Castle
The site od Koriyama Castle lie where once the Fifteen Hundred Thousand Koku Fiefdom of Lord Yanagisawa flourished.
even though the main buildings of the castle are now nowhere to be seen, the mossy stone foundation and environs of the castle are hallmarks of the Daimyo TsutsuinJunkei's vision.

another name for the fortress located in the castle ?site is Inufushi-jo, and dates from 400years ago.
When it was built, stone was collected from areas in Nara Prefecture , and include rocks adorned with carven images of buddhas.
Those who are devotees of art in stone comprise a not insignificant number of those who visit the site of Koriyama Castle.
in the present day, the site of Koriyama Castle carry out an important public function as a meeting place or forum in conjuction with activities of the city government.
In April, under the cherry blossoms in bloom , the Castle Festival is held .
Originally the festival was held for the purpose of worshipping the stone Buddha images carved into the foundations. But now it is large event where both the residents of Nara Prefecture and other Prefecuture in the area spirit of Load Yoshiyasu Yanagisawa can be found.
The Otemon Gate and Sumiyagura building have been restored, adding to the atmosphere and charm of the area.



かつての柳沢十五万石の城下町として繁栄したその面影を、
今に伝える郡山城跡。すでに城館は姿を消しているものの苔むした石垣や周囲の状況は、さすが筒井順慶の手によるものとうなずけます。
城砦のかたちから別名犬 伏城と呼ばれ、
四百年前の築城である。当時、その石材を奈良周辺より運ばせたため、石垣の中には、
石仏が刻みこまれたものもあり、石造美術の愛好者が、今もなおこの城館を訪れています。現在では、地域の憩いの広場となっており、
とりわけ四月には満開の桜の下でくりひろげられる「お城祭り」が開催されます。
県内外からも大勢の見物客がやってきて賑わいますが、
もともと、石垣に組み込まれた石仏を供養するために行われたものです。本丸あとには柳澤吉保をまつる柳沢神社があり、最近 大手門 隅櫓なども新しく復元され、城跡に一段と風格を添えています

ここまで

※筒井家は、郡山から伊賀に移り伊賀上野城を築き、その後、藤堂家が伊賀上野を収めることになった三重県と縁がありますね。藤堂家の藤堂高虎は、三重県津城伊賀上野城をおさめた戦国大名で、三重県の名張市には藤堂家の分家にあたる名張藤堂家邸が現存します。

 

その他

 大和郡山城は、大規模な城郭であったことがわかる大きな堀などが沢山のこっているお城でした。

 そのわりには、あまり自分はその存在を聞いたこともなかったのが以外でした。豊臣秀吉が有名だけど 秀長が以外に知られていないのも大和郡山城が有名じゃない理由のひとるかもしれないですね。 秀吉の天下統一に果たした役割が多きかったといわれる豊臣秀長を主人公にした大河ドラマが放映されたら大和郡山城ももっと有名になるかも?

 城跡内には移築された、近代建築:旧奈良県図書館があります。

旧奈良図書館

街中には城下町らしい雰囲気が残ります

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